日々の事
by de_hond
カテゴリ:WdKA( 27 )
クムラウデうでうで〜ありがと〜
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7月2日は卒業式でした。
学校の卒業式は、本当に儀式というか契約みたいな。5人ずつくらい壇上に呼ばれ、そこに3、4枚の卒業の書類にサインをするのです。その間に先生が、作品の説明を読み上げる。後ろにはイメージがおおきくプロジェクションされる。

卒展の報告もしっかりブログにできていませんでしたが、今週来週にかけてぼちぼち、ポルトガルの旅行記からたまりにたまっている記事を更新していくっち。って有言無実行かもしれません。。。
というものの7月は卒業式、そこでいただいた賞より、急遽入った学校のギャラリーBlaak10での展示(8月末まで開催中!卒展を見逃した方は是非!)、引越し、NDTを引退する健太さんの最後の公演を見にロンドン旅、オランダビザ&インドビザの所得、イタリア・スペイン旅。そして8月はインド2週間滞在経由にて2年ぶりの日本でございます。2年も帰って無い気がしない。8月25日〜約一ヶ月程滞在予定。2年会ってない皆様、是非あそぼーぞぞーい!

さて、卒業では、御陰さまで首席?主席?ってその漢字もよくわからんですが、なんだかもう褒め殺しにあったくらい、皆に祝福されてしまい、卒業式後、たくさんの不幸の連続でしたが。。。まあ3年間遊んでばかりいたようで、一応やっていたのかな、私。何を学び得たのかよくわかりませんが、日々自分の無力さを知って生きているということは、何かを学んでいるorどんどん駄目人間になっていってるということかね〜。。。

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賞の後の不幸。
トロフィーがおっきくて自転車を学校の前に置いて、トラムで買える。トロフィーというか、変な踏み台でデカデカと私の名前が入っており、家に帰るまでに注目されまくった、けど疲れたのでたまにその台に座って休んだ。家では結構踏み台として重宝するが、なんともださい・・・。
翌日ツールでフランスを見がてら、自転車を取りに行くと・・・
自転車4回目の盗難・・・。welcome to Holland!!!!! :-)
なので最近は徒歩生活。健康だし、思考力もムキムキな感じだけど、ちょっと疲れた。
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引越はレンタカーを借り、tapi氏久々のマニュアル車運転&初海外運転にドキドキしつつ、色々ありましたが、友達のヘルプもあり、予定通りの引越半分が無事終了。次の日からイギリスということで、そのレンタカーが空港乗り捨て可能という事で、余裕をもって朝出発。したはずなのに、道に迷うわ、渋滞にひっかかるわで結局・・・飛行機を逃す。。。がびーん。初めてです。やってしまいました〜。
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それにしても引越し後のみんなの顔、いいね〜。うん、素晴らしい◎

意地でも行ったロンドンは、本当に充実していて、健太さんのために集まった日本人の山って感じで、毎日新しい出会いがあったり、私の友達と友達が繋がったりと、なんか縁って縁だな〜と、とてもしみじみしました。

永遠のことなどない、すべては変わり続けて行く。だから進みつづけられるのか。
恐れてはいけない。感じて受け止めて生きていこう。今を思い出へと変えて行こう。
出れば会う。
思いが出れば、記憶になったのだ。

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ダンサーとの始めの一歩を切り開いてくれたタコネエtapiの対面
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私も面識はなかったがネット上で知り合いだった、ロンドン在住のO氏と対面
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タピの繋がりである、アトリエ・ワンのHさん&タピの研究室のMakiちゃんと出会う◎そしてなぜだかダンサーとも合流!そしてみんな勝手に繋がっていく。私もその一人。

OMAKEs
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by de_hond | 2010-07-16 20:04 | WdKA
本日より卒展
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I would like to see you in my graduation show.
It will start today, Wednesday 16th June from 16:00-20:00.
17th Thursday 12:00-18:00
18th Friday 12:00-22:00 (Tuk-Tuk art route 17:00-22:00)
19th Saturday (special performance), 20th Sunday 10:00-17:00

Place: LP II in Las Palmas [Wilhelminakade 326, Rotterdam, the Nethrelands]
Entrance free

I will be in the exhibition place all the time as always. So my work is a performance. Please join.
And actually my 25 years old birthday is 19th June. So on my birthday I will do special birthday performance. Wish I see you there again!


[more info] http://wdka.hro.nl/page.asp?id=176170&lng=en#W88UnBqKSt40T15HqoAoUmnL-0

Sae's graduation work blog



本日6月16日水曜日16時より、私の卒業展が開催されます。場所はロッテルダムの南側にある LP II in Las Palmas [住所:Wilhelminakade 326, Rotterdam, the Nethrelands]です。入場料は無料です。
私の作品は、参加型パフォーマンス作品なので、是非みなさん展覧会でしか味わえない作品を楽しみにきてください。
開催期間は16日(水)16時よりオープニング、20時まで
17日(木)12:00−18:00
18日(金)12:00−22:00(Tuku-Tuk art routeと言って、私のクラスメイト企画のイベントが17:00〜あります)
19日(土)20日(日)10:00−17:00

ちなみに、6月19日(土)の誕生日より25歳になります。ということで19日のパフォーマンスは誕生日特別バージョンとなります。みなさんにお会いできる事を心より願っています。


[学校のウェブサイト情報] http://wdka.hro.nl/page.asp?id=176170&lng=en#W88UnBqKSt40T15HqoAoUmnL-0

もしどうしても来られない方でも、毎日更新予定の私の卒展作品ブログをごらんください◎
http://person-passon.blogspot.com/
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by de_hond | 2010-06-16 10:09 | WdKA
卒業展まで15日!
あ〜やってしまった。

今日は朝から現実逃避して、信じられないくらい寝過ごしてしまった。寝ぼけている時の自分の言い訳って、なぜだかありえないくらい正当性があるのだけど、起きた後にはとても理解できない言い訳なんだよね。

ということで、今日やるべき事があまりできなかった。
けど、それで結果よかったかもしれないと、今夜中に思う訳です。
というのも、工作工作を今しているのですが、どこまで工作しちゃうかってところが結構大事になってきそうで、そこまで気合い入れ過ぎても本来の主旨と変わってきてしまうので、もうちょっとうまいやり方をしてみせていった方が総合的にまとまりがでるはず。

そして、慣れない工作に時間がかかりストレスになるのも、一番大事な物たちに時間をかけれなくなるので、そうだね、そうだそうだ。

今日は、もちろん寝坊だったので学校が閉まる10時まで作業。家帰っても、リサーチ&テスト工作しておりましたが、なんだか定期的女性的体調のせいか、もう片付けるのも嫌になってしまいました。

うがー

さて、なぜかネガティブですが、明日のご予定。

まず、早起き(8時)
そして、スーパーへ行こう
ちゃんとストレッチとかして
9時過ぎにホームセンターとリサイクルショップと画材屋へ。
昼過ぎまで、学校で制作のプランを練り上げる。
そのプラン実行のための下準備(材料集めなど)
16時展示会場下見。(構成のイメージをし、写真を撮りつつリサーチ)
学校へ作業。
夕飯。
22時帰宅。

seikou shita ashita ni narimasu youni...
ダンボールって深い
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by de_hond | 2010-06-02 09:59 | WdKA
卒業展まであと16日!
ほえ〜

いっぱい書きたい事、書くと言って書いてないポルトガルとモロッコの旅日記などたまっておりますが・・・

あと16日したら卒業展のオープニングなので、それをしている心の余裕がないのでございます、なんてこった。
もし、誰か私からメールの返事を待っている時は、もう一度メール送ってやって下さい。思考がポンポン飛びまくっているので、どんどん物忘れていきます。そーりー

で、こんな私のブログを楽しみにしているおじいちゃんおばあちゃんを始めとする、家族&フューチャー家族(ぐふ♪)のためにも面白く更新していきたいですが、今日から16日間はその日の卒展に向けての記録とさせていただきます。


さて、先週末『変えない!』と決めた卒制のアイディアが、ふりだしに戻る感じに変わったというか、消えてしまい(でもある立派な二人のアーティストの助言によってなので、良い後進なのです。=前進◎)それでもおっひょ〜〜〜え〜〜〜どうしよ〜もう二週間前だよって焦っているような、この時点で気が付いて良かったなって思ってるようなで、考えていたら新しいアイディアがポコって出て参りまして、今それをまあ順調つめていくところでございます。

しかし、決まったら決まったらでなぜか今日は朝から、むちゃくちゃ逃避したくなっていました。(ええ、もう弱さとかすべてこのブログにはきまくり寝床へ行こう、卒展まで毎日快眠したいと思います。)
なので、早起きして素敵な朝食も作って食べたのに、リュックを背負ってからベットで寝た・・・。
昼寝です。
それから頑張って気合いを入れ、学校が閉まる22時まで作業。やりたい事が一応でき、相棒のすみれどんともアリアナスナック!![学校の前に出ている移動式スナック店・本日はトルコピザ1、9ユーロ。しかし財布には1、7ユーロしか入ってなくて、すみれちゃんが20セントくれた](あと何回アリアナスナックにお世話になるのだろう。そしてすみれちゃんとああしてパソコン並べて作業するのだろう・・・。なんだか寂しいね〜)

明日から、ある物をがっつり作りたいと思います!
こんな工作工作な制作は学校入学してから初だと思います。
写真アップできたらいいね。

では!
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by de_hond | 2010-06-01 07:16 | WdKA
終わりに近い学校生活とは
今日は良いスピーカーがある学校のある個室を占領し、一人ふにゃりんふにゃりんと今後の事等を考えつつ、実はビートルズに酔いしれて何にもせず時間が経っていく。

最近になって、やっと上手な学校との付き合い方が見えてきた気がする。
のに、
もう一ヶ月もすれば卒業展である。
さて、本当に何をしましょうか。

最近になって、美術館等の「theアート関連空間」に自分から積極的に足を運ぶ様になってきた。
先週末の土曜日、アーネムの美大で靴を作っているまなみちゃんとde pontというオランダで一番良いコンテンポラリーアートの美術館だと岩田さんが2年半程前に教えてくれていたのにも関わらず、一度も行った事がなかった所へ行ってきた。私をそこまでプッシュしてくれたのは、Sophie Calle(ソフィ・カル)というフランス人の女性アーティストの展示であった。彼女の作品は学校で何度か耳にし、本も少し眺めた事がある程度であった。しかし、表現にストーリー性がある面や、実際に起こった事、関わった人を材料に制作する姿勢が私の作品とリンクする感じで、ずっと気になっていた。そして、今回alsoずっと気になっていた美術館de pontで展示をやっているということで、終了する前日になんとか訪れる事ができた。

感想は山ほど。
もし自分が表現者としてステージに立つ者でなければ気が付かない・考えない事もあり、単に「作品」を楽しむというよりも、彼女のアーティストとしての在り方というのを感じ学べたという感じ。
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by de_hond | 2010-05-19 02:49 | WdKA
んぶんろ
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著作権をはじめとして、現代の私たちは「独創(オリジナル)にこそ価値があり、模倣(コピー)は許されない」という価値観に縛られている。しかし、伝統文化を振り返れば、個性豊かな表現は先達の芸や作品を模倣することから生まれた。西洋美術、浮世絵、写真、連歌、インターネット、マンガ・アニメなど題材に、近代的な価値観に過ぎない「独創」神話の矛盾を解き明かし、模倣を楽しむ「再創文化」の意義を問い直す。

と、裏表紙の文言を模倣してみる。


と、『日本文化の模倣と創造—オリジナリティとは何か』(山田 奨治)という本のミクシーレビューに書かれていた文を模倣してみる。

あと、半年で卒業を控えた私は、今卒論という魔物に襲われている。しかも、最近やっと真面目に取り組み始めた。ら、すごく面白い。何が面白いかっていうと、テーマについて調べたり、考えたり、人と話したりする事が。そのテーマは何かっていうと、この山田さんの書いた本に結構似ていそうな感じ。日本文化を振り返ったりする内容ではナイヨウ。内容は、オリジナリティとコピーに関することについてです。これを考えだすきっかけになったのは、この前の9月に企画・参加した「掻っ払い展」の展覧会コンセプトから。
簡単に説明すると、私の仮説では、この世の全ては模倣で成立していて、オリジナルなんて存在しないと言う事。しかし、人の作品等をマネして創る事はタブーとされている。なぜマネはいけないの?インスピレーションという言葉に置換えれば、マネしてもいいわけ?結局、模倣の模倣の繰り返しで、本来のオリジナリティなんて人間が形成された時代までさかのぼらないと見つけられないのでは?じゃあいっその事、盗作する事を前提として作品制作をしてみましょう、という事で始まった「掻っ払い展」。強奪ということを深く深くほっていくと本当に奥深くなっちゃって、色々思っても見なかった討論が展覧会参加アーティストとできた。それだけど、展覧会の形として出てきたものは、何かその面白さとリアルさに結構欠けてる感じがした。そして、自分の中でもオリジナリティとは一体何者なのかという疑問が残ったままになっていた。ので卒論のテーマにしてみたのです。
それ以外にも、今の学校に在学中に気が付いた、作品をドキュメントする矛盾感と嘘っぽさと嫌悪感と面白さ、みたいのにも、このオリジナリティというキーワードはズゴーンと関わってくるわけで。自分の制作論文にも勿論成り得るテーマなのでございます i hope。

でも実は今学期の下書き〆切みたいのがあと2週間弱後って事を2日前ぐらいに知り、わしゃしゃわしゃしゃと今から本腰を入れ始めました。コツコツ型でない姿勢はなかなか直らない物ですね。でも、この2日でググーンと色々面白い関連内容をみつけまくっていて面白いです。でも、ただでさえ脱線saeな私は、脱線して暴走している感じです。水平思考にも程があるでしょって感じなので、材料がモリモリ集まってきた所で、いったん脱線して走り続けている列車のハンドルを切りかえ線路に戻る感じに、頭を切り替えようとブログの更新となったのであーる。
今は哲学のイデア論とかミメーシス(擬態)とか普段なら全然頭に出て来ない言葉ばっかり出てきて、いつも使ってない部分の脳がうっひょーーーと叫んでいるのが聞こえます。わりかし気持ちいい感じです。論文の書き方なんかのサイトも熟読したりして、そして「論文を書く」という行為自体が、オリジナリティと関わってくると気が付き大興奮していたり。どこかでキリをつけていかないと永遠リサーチできそうな、テーマ。でも今と全然世界が違った時代に、既に私が想った事を考えてた人がいたなんて、世界は不変なのだね〜。不変なんて信じないと思ってたのに、そうでもないかもね意外と。

ところで誰か「Chinese whisper(伝言ゲーム)」がなぜ英語では中国人のひそひそ話という訳になるのかご存知の方いらっしゃいますか?知っていたら、コメントお願い致しますーう。
今日も友達に論文の事を説明していたのですが、この伝言ゲームについての例が面白いね、と言われて、興味深いコメントももらったので、頭を整理するためにもここにウガーと書いてみます。

伝言ゲームはまるで、作品をドキュメントする行為と似ている。始めに元=オリジナルとなる言葉があり、それを直接聞いた人が、横にいる人にジェスチャーや何かを使い伝えていく。そしてそのオリジナルの言葉がどんどん変化して、直接聞いた人から一番遠い所にいる人に不確実な情報が伝わる。作品をドキュメントするのもそれと似ていて、例えば私のようなパフォーマンス作品を制作する人の多くは映像でドキュメントする。だから
映像という存在が伝言ゲームでいうと、直接聞いた人の隣にいる人。そして、それが美術館で長される。そして鑑賞者が見る。←これがまたその隣の人。そして、その人が学校で昨日美術館で見た作品の話をする。←これそのまた隣の人。それを聞いた友達が、作品を想像し(←これがまたその隣の人)創造する。=再創(←これがまたその隣の人)
伝言ゲームは模倣の繰り返し・レイヤーで成り立っていて、作品をドキュメントするという行為も、実は自身の作品を模倣しているということになる?
そこで、今日のお友達O氏は「その模倣の繰り返しの中で、何が残り、何が消えていくという点が興味深い」とコメントをくれた。うん、面白そうっす。よく、作品を口で人に説明する時に、要点や面白い点などを掴み出してササッto喋っている自分は、無意識に作品を編集している。その時に自分が省略してしまった箇所は本当は無駄な部分だったのか。それとも口で説明する事に向いていない事なのか(内容と、それを通す媒体のコンビネーション)。不確実な情報伝達は何をもって不確実なのか。過去のリアリティと比べると不確実になるかもしれないが、その瞬間の中では、それが現実で事実なのであるかもしれんんんんんんんんんーーーーーー

ことばことばことば〜

あたまいっぱいで、この歌が流れてきて、たすけてくたみおありがとー

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by de_hond | 2009-12-03 09:42 | WdKA
ぷれぜんオワツタ
おへ〜。
今、今日のプレゼンのことをたらたらと書いたのに、文章全部消え上がってこの写真たちになってもうた!!!!意味不明!

やっぱもう一回書こうと思わないので去年の今頃、であったばかりのたこねえ撮影のこの写真をご覧になり、今日のプレゼンを勝手に想像してくださいってできるわけないね。
反応はすごーく良かったです。私はどこかで、すごーく悪いポイントと批判的なコメントを期待していましたが、期待が大きく外れて、クラスメイトの視線が痛いくらい、褒められて、今年大学院を受験する事まで勧められてしまいました。実は日本に留学しようかなと考えていたり、なかったり。そこで日系オランダ人として6ヶ月過ごすのです。うひひ。

セールが沙絵に見えてしかたがないね。
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by de_hond | 2009-02-05 06:07 | WdKA
ぷらぷらぜんしょん
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ふへ〜ごちそうさまでした。
ということで前記事のつづき。

今の時点でこれ以上プレゼンについてごちゃごちゃ書いたり考えるより、実際、自分がおかしいと思っている一般的妥当な道のものを作り、それで見えてくるもので考えるのが一番早いし、良いだろう。

なので、それはこの記事を書き終わったらたぶんやろう。なぜたぶんかっていうと、この後にどんな思考が飛び出すか自分でもわからんから。
とりあえず、私が考えるアートとは、について書く。この事を全ての作品に対して該当するだろうけど
、私と隣り合った作品自体のコンセプトではなく。要するにアートの在り方。

***
この文章は私自身に向け書いた物である。

私はアーティストである。自分でこう名乗る事で、プレッシャーをかけている。学生であるが、アーティストではないわけではない。人がアーティストと認めたらアーティストであるわけではない。作品を作るからアーティストであるわけではない。自分で意識するからだ。
アートとは何か。それは「自然をつかみだす力」だ。自然とは、この世に存在するもの全てである。よく休日に「自然を見に行こう」と出かける人々がいたり「大自然を味わう」などと旅行会社がキャッチコピーを掲げたりするが彼らの想像にある‘自然’を意識した時点で、その‘自然’は自然ではなく、単なる‘商品’と化しているのだ。私のいっている自然とは、人間が作り上げた物を含めた全ての事物である。自然と人工は対義語だが、人間は自然の中で生まれたものなのだから、自然物なのである。その自然物:人間が作った物を人工物というが、それは自然と反対な物なのではなく、自然に含まれているものなのである。そして、その人工物こそがアートなのである。日本語では芸術と人工という言葉は、全く関係のないもの同士であるが、英語ではartificialとartであり、この二つは親子と言っても過言でない関係性がみられる。従って、自然からつかみだす力とは、まさに人間が何かを創りだす力の事であり、人間ならば誰もが無意識に創り上げている物ある。従って、全ての人間において最初の作品は、サウンドパフォーマンスの産声であるのだろう。

机上の空論のような頓着は、この程度にしておいて、今後のため、具体的なアーティストとしてやっていくための方法を考えてみよう。まず、現状:学校という集合場所と課題がなければ、モチベーションをあげていくのに難しい状態にある。なぜかというと、「作品をつくる」と「食べていく」という二つの事を「作品をつくって食べていく」とするのは、とても困難であり。食べていく事を意識しすぎると、作品をつくるという行動が素直にできなくなってしまう。しかし、その制約の中で作品をつくり、そこから生まれてくる物は、以上で私が述べていたように自然なことなのである。また私の行動がすべて、作品ならば(意識の額縁によって)生きていく事が、作品なのである。有名になりたい、お金持ちになりたいという欲望が少なからずあったとしても良いが、何よりもまず、生き方を素晴らしくする事が、アーティストとして大切なことなのだろう。そういうわけで、お金があれば様々な可能性が広がるし、有名になれば色々な人々と知り合え、人生を充実させてくれるのだ。

そして師匠からの教えでもある、もっとも重要で、なおかつ影の支え役である存在物について最後にいいたい。これは私が作品を創る際に絶対に忘れてはならない存在:ユーモアさん。
**
I’ll write this text for the me of today. Because, I’m not fine with my environments and my-self recently. So I want to change my situation to better.

I’m an artist. I pressure my self by taking that name. It doesn’t make me a non-artist if I was a student. I am not an artist if someone recognized me as an artist. I am not an artist because I can create Artwork. I’m an artist by my consciousness.
What is Art? It is ‘Energy which we pick out from nature = Art’. Nature is all the things that exists in this world. ‘Nature’ turns into ‘Product’ when nature is not a part of our consciousness anymore. Nature becomes a part of peoples imagination that makes people say on holiday: ‘Let’s go and see some nature!’. Or a travel company sets up a sales message ‘Let’s have mother nature’. What I am saying for the meaning/content of Nature is that everything is combined with things made by a human. Nature and man-made are antonym words. However humans are nature because human beings are born in nature. Things created by nature: what human makes is called artificial, but it’s not the opposite of nature, it exists in nature. And then this artificial self is Art. There is no relationship in between Art and man-made in Japanese language, however there is very strong relation between Art and artificial in English, even I could say they are related. Energy which we pick out from nature = Energy of human’s creativity, and all humans are making something without consciousness. So the first Artwork for all human is a sounds performance: an initial cry at birth.

So let’s think about a specific way for being an artist and stop my armchair talk. First, my status: difficult to keep motivation without school where they are giving me assignments and an opportunity for meeting people. Why am I like this now, because of the very hard situations that I cannot do both: ‘make Artworks’ and ‘make a decent living’. I cannot create Artworks purely if my conscious is too much occupied about living. However it might be nature things like I said above that I make Artworks in limitation. And living itself is an artwork if all of my actions were artworks (in my frame of consciousness). The important thing is ‘to make a wonderful life’ for an artist before the desires of wanting to be rich and famous. Therefore it makes my life fulfilling, with money that could increase the chances to have many things, and visibility could make meeting with a lot of different people possible.

At the end I’d like to say the most important things for me. It is just a supporting part. However I shouldn’t ever forget him while making my artwork. It is a something called humor.
***

私の全ての行動、私の人生がすべてある意味アートなのである。私以外の誰でも、すべてが。でもその中から魅力的なものをピックアップし、魅せ合う。人間はこういう事をしてきた。だから私もそれにそい、自分の創ったもの(すべての行動)から、他人の興味をひけるようなものを、良い見せ方でみせる、という動きをすればいいのだろう。か?それとも、全てつまらない部分もみせるのか?いや、やはり人間は目立つ見やすいものを好んでみるのだから、そういうわけにもいけない。

自分って生きにくいったらありゃしないわよー。

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足湯して、おおちゃくにあっついお湯を注ぎ足したら火傷して水ぶくれになった。人間不思議現象。ふぉっふぉっふぉ
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by de_hond | 2009-02-03 05:08 | WdKA
プレ全テイション
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今週の水曜と木曜に、私の科・ファインアートの私の学年3年生による、前半の学期末プレゼンが行われる。しかし、私は悶々とした気持ちのまままだ何も用意していない。なぜだろう。さっさと良いプレゼンを作ってしまえばいいのに、なぜか「良いプレゼンで自分のworkを見せるって、どいうこと?」と悩んでいる。悩んでいるというよりも、思考はわりかし停止状態。なあぜ。そしてなんだかこの状態、辛い。まあ、この辛い感覚はいつも作品が出来る前にあらわれる症状と似ている。なぜ辛い思いをするのに作品を創るのか。創りたいから?辛いのはその時だけだから?辛くても作っていかないとだめ、仕事をしている人が仕事を辛いように?ただ単に自分が弱いだけなのか?
ほえほえ、
まあ辛いのは置いておこう、置いてけるなら。
問題はプレゼン。なぜ行き詰まっているかというと、作品の見せ方というか作品という物の存在について、おかしいと思うのである。作家は作品をつくる。絵画・彫刻・音・ダンス・パフォーマンス・インスタレーション・映像など。その作品は、その作品が置かれている場所とどれだけ関係があるのか?もしその絵が、場という事を考えたり、感じたりして描いたものなら、その絵を写真に撮影し、プレゼンで見せるという行為と、そのプレゼンという場の関係性は、その絵にどう影響してくるのか。もともと、そんな小難しいひねくれているかもしれない、こういった考えを持たずに制作していたら、プレゼンはあくまでもドキュメントとして作品を見せるプレゼントいうことであり、割り切って、写真をパパパッと見せて、良い成績または、かんばしくない成績をもらうだろう。私は良い成績をもらうために学校にいるのではない。良いリフレクションが聞ければ幸い。しかし、成績をつけられるという事で、私たちは人に自分の作品が評価されるという意識をする。この世で生きる限り、そして表現をする限り、人からの評価というものはついてくるものだ。ありえないくらいお金持ちで、自分のためだけに表現していく人がいたとしても、その人はそのうち自ら命をたってしまう気がする。他人に自分の存在を認められる、求められる、ということがないとしても、マイナスなカタチでもアテンションがあるという事実は、生きる上で食べ物と睡眠のように大事な存在なのだろう。

作品のためにタイミングと場は選ばなければいけないのだろうか。そうだろう、多くの場合。常にどこでも場と空間と意味と在り方を考えて動いていたら、動けなくなり、わけがわからなくなる。今、こうやってパソコンに向かってタイピングしている自分も、実は自分自身にパフォーマンスしているのだ。タイトルはなんだ?「プレゼンをどうしようか考えるためにブログを書く自分〜誰かに自分の脳内をチラリズムするため〜」みたいな感じか。
プレゼンは13枚の写真を10分間かけて、見せるといったような条件が出されている。そして、先生たちは生徒たちに作品の説明をしないでほしいと言った。 結局、他人は他の人がつくる作品に対して大して興味がないのだ。少なくとも私はあまりに感動しなければ、全く興味ない。だから美術館はいつもダッシュしたくなる。ギャラリーのオープニングも誰かに誘われればいく。作品より、そこへ来ている人の方に作品より興味がある。ゴッフォ美術館でも、ゴッフォの絵より、それを見るために外でチケット購入のために並び、中で最初の絵からみるために並ぶ人々。そしてミュージアムショップで自分たちが見た絵がカップや絵はがき、tシャツにプリントされたお土産を買う人々。この人々は私には作品に見える。これこそゴッフォが死後に創りだした、作品だろう。作品は意味があるわけに創る物ではない。逆にクリア過ぎるメッセージが込められている作品は、作品というよりも、デザイン?ポスター?なんだろう。。。手紙?東京の路線図みたいな存在だろう。おそらく。必要とされ便利だけど、それでって感じかな。私は、そんな嘘っぱちなアートが好きではない。まだ選挙の立候補者ポスターの方がよっぽど面白い。

まだそんなに書いていないが、ちょっとレールがそれそれなので、ハヤシライスを作りにいって、食べながらもう一度この文章を読んで、後編を書こうとおもうぜよ。
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by de_hond | 2009-02-03 02:47 | WdKA
話の学校 talktalktalkSCHOOL
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今日の学校は一日中聞き話まくりの授業でしたわ。
なので吸収したことが、いっぱいおっぱいあります。うほうほ!
Today's school was all day only talking and listing.
That's why I could suck in a lot of things!! UHOHO~!
                                                                 
カーリンの話でためになったのは、当たり前のようでなかなか実行にできないお言葉。
「ある時ね〜、なんか男の人が大きな水槽と沢山の石と共に立ってたの。変なの〜と思って見てたら、石を適当にその水槽の中に入れだしたのよ。ばたがたぼこーってね。そしたら2つの石が入らなかったの。それで、その人は、もう一度中身を取り出して、今度は大きな石を先に入れたのね。それから、順に小さな石を入れたの。すると、今度はぴったりその水槽に石が収まったのよ。そう、そういう事なの、プランというのは。私はいつも寝る前に明日の2つの大きな石が何か考えるわ。それで、できるだけ早くにそれを終わらせてしまう。すると、その日にしたかった事の大部分は片付き、変にエネルギーとられなくて済むし、いくつかの予定が終わらなくても、それは小石だから、大した事ではないのよね」

Very nice story from Karin. This is actually basically thinking way, but it's difficult if I want to do it in real.
"One day, I saw a guy who was standing with big box and many stones. I was cirrus about what he is going to do, So I stopped front of him. Then he start put stones in the box by inconsistent method way. When the box became full, he still had two stones less. So he put stones out again from the box. And he started put stones in the box with big size of stone. This time he could put all stones in the box. Yes it is. It is a plan! I always think about what is my two big stones for tomorrow, then I sleep. If you finished big stones as early as possible in your day, the less time of the day is no stress and no losing energy to think about your big worry. Maybe I can't finished some small thing in the day. But it's small stone. So it's not big problem."
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「時間が無いというのは存在せず、優先する時間という時間だけが存在する」
geen tijd exist, allen priority tijd.
オランダのことわざらしい。
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by de_hond | 2008-11-28 09:13 | WdKA


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